コラム・エッセイ

それは「観光立県」政策か? 田尾和俊(2009年4月25日)

ハワイは今から100年ちょっと前の1895年にいわゆるハワイ人の王国が滅亡して白人資本家による共和国になったのだが、翌1896年に新政府は「法律61号」なるものを発布して、ワイキキを観光地化する「ワイキキプロジェクト」を開始した。これが、ハワイの観光地戦略の第一歩である。

新政府の白人資本家たちはそれまでサトウキビ産業で利益を上げていたのだが、新たなビジネスの可能性として観光産業に着目し、ワイキキを観光地に造り上げようとした。ところが当時のワイキキの海岸は養魚池や水田や沼地が広がっていてとても観光地という姿ではない。そこで、政府はまず「法律61号」でワイキキの養魚場や水田を買い上げ、1921年から内陸部に運河(アラワイ運河)を掘って、そこから出た土砂で海岸線を埋め、上から大量の砂を入れて、7年をかけて「ワイキキビーチ」を丸ごと作り上げた。これが「ワイキキプロジェクト」の大まかな概要である。

平行して1900年代に民間のリゾートホテルが2軒開業、1920年代にアロハタワー、ホノルル美術館開業。ハワイを舞台にした映画を20本以上製作、大型船が就航できる港湾を整備、ハワイアン音楽を創出。1935年にラジオ番組「ハワイコール」で世界に情報発信を開始。40年代にワイキキ水族館、1947年にホノルル動物園開業。1959年にアラモアナセンター開業。この時点で大型ホテルは4つ。でも観光客数は年間40万人。

ここから大づかみに観光客数と出来事を並べますね。1964年に日本人の海外渡航が自由化される。1967年の観光客数、100万人。1970年にジャンボジェット機就航。加えてリゾートホテルの開業ラッシュが始まり、観光客数は1972年に200万人、1976年に300万人、1982年に400万人、1986年に500万人、1988年に600万人、1990年に700万人。そこからしばらく横ばい状態に入って、1998年には674万人に減ったけど2005年には730万人に再び上昇。観光消費額は年間1兆5000億円近く。ハワイ州の域内総生産額の中で、軍事、砂糖、パイナップル産業を押さえてダントツ1位。

ちなみに行政の観光関連予算は60億円くらい。観光の中心であるホノルル市のあるオアフ島は、面積は香川県より少し小さく、人口も香川県より少し少ない90万人くらい(そのうちホノルル市だけで80万人以上)。ホノルル市の年間予算(一般会計)は1200億円くらい。香川県の予算は4200億円くらい。

何が言いたいかというと、「観光立国」とか「観光立県」とはそういうことだということです。ビジョン、中長期計画、集中投資。行政の役割(インフラ整備、法律施行、税制施行)と民間の役割の明確化。目指すべきかどうかは別にして、今、全国の自治体でやっている観光政策のほとんどは「観光立県」政策ではなくて、小さな成果が期待できるかどうかの「観光振興」程度の政策だろうと。とりあえず一度、何を目指すのかを整理してみてはどうでしょう。
(ACT顧問)

SNSのログインフォーム
SNS

記事一覧

RSS 2.0 ATOM 0.3
>> RSS、ATOMとは??

ACTスケジュール
入会はこちら
Google

WWW を検索
このサイト内を検索

お問い合わせ先

NPO法人
アーツカウンシル高松

高松市大工町8-1
E-mail:wesayact.t@gmail.com
HP:http://www.act.or.jp/
Copyright©ACT All right reserved.