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話題が創作の方法論に移った。
彼はしきりと「テーマを巡って」とか「テーマに従って」という言葉をクチにする。
そのうち「あなたはどうなの」と聞かれたので、わたしは「オレ、そういうこと考えたことないッス」とボソッと答えた。センセイは呆れた顔をした。
じっさい、わたしは台本を書きはじめる際、テーマなんか決めたことがない。ただ書きたいシーンがあって、そこから面白いほうへ、面白いほうへとストーリーをころがしていくだけだ。
はじめて銀河鉄道の芝居を上演したとき、ラジオの取材を受けた。
最初は快調に受け答えしていたのだが、しばらくして記者が「ところでこの作品のテーマはなんですか」と訊いてきた。わたしは突然うろたえてしまった。
わたしは「ごめんなさい。ちょっとトイレに」とことわって、慌てて楽屋に向かった。
役者連中に「おいおい、この芝居のテーマってなんだっけ」と訪ねると「友情じゃないですか」とか「生きるとはどういうことか、だと思うんですが」などという答えが返ってきた。
エライ! おまえたちってスゴイなあ。
わたしはとって返して、記者にいま聞いたことをそのまま話した。
だがわたしにテーマがなんにもないのかというと、そうでもない。何作か書いているうちに、わたしはわたしのテーマを背負っているということに気がついた。
わたしは同じことを手を変え品を変えいっているのだ。
それは組織論であり、死生観なのだが、それを話すと長くなるので、そこは省略。
つまりテーマなんてのは、自分なかに常に内在しているもので、表現という行為におよべば自然とあふれでるものなのだ。
だからあらかじめテーマなどというのは設定しない。
こういうわたしであるが、たった一度だけ最初からテーマを決めて書いた作品がある。
それは一昨年ニューヨークに行って、911のグランドゼロに立ったときだった。21世紀の病いたるテロの話を書こうと決心した。
それも先進国から見たテロではなく、テロに走らざるをえない虐げられた側からのテロリズムとはなにかということであった。
こうして書いた作品は「世界の果てまで連れてって」という題名で上演された。
賛否のある作品になった。
ある人はわざわざ電話をくれて「あなたはテロを賛美しているのですか」と訊いてきた。わたしは「哀しみについて書いたんです」と答えた。
さて、今年は11月の21日、22日とサンポートホール高松の第1小ホールで「BAD」というミュージカルを上演します。
天保年間の江戸を舞台にした、ワルどもの跋扈する痛快時代劇です。でも娯楽作品のうちにも秘めたテーマはあるのです。たぶん(笑)。
見極めたくば、どうぞお足をお運びのほどを。