コラム・エッセイ

大いなる星に導かれ 明石 安哲(2013年4月1日)

葬儀の会場がこれほど温かい笑いで満たされることはめったにない。3月11日、声楽家で香川音楽連盟会長、高松芸術家団体協議会の会長でもあった石井ルリ子先生の葬儀が高松で行われた。その日、最後のあいさつに立った喪主の長男一則さんがこんな話をされた。「母の性格は皆さんの方がよくご存知だと思います。生前はきっと一度も謝ったことがないと思います。この場を借りて、本人に成り代わり、お詫びを申し上げたいと思います。本当に申し訳ありませんでした。おかげさまでいい人生だったと思います。本当にお世話になりました」。会場は笑顔とすすり泣きで満ちた。

思い込んだら命がけ、一本気で一生懸命で、泣き言を口にしたことのない勝ち気な性格は時に大きな反発を招くこともあったが、その勇気と正義感あふれる行動に賛同する人はたくさんいた。葬儀で弔辞を読み上げた歌人の水落博さん(高松文化奨励賞受賞者の集い副会長)はその一本気で健気な性格を日頃から「可愛いいお母さん」と呼んでいた。何よりルリ子さんが喜んだときの屈託のない明るい笑顔は多くの門下生や協力者、応援団を引きつけ、勇気づけた。

私たちNPO法人アーツカウンシル高松(ACT)は昨年の12月に、かけがえのない応援者の一人であった劇作家で舞台演出家の八木亮三さん(劇団R&C主宰)を見送ったばかりだというのに、今度はその盟友とも呼ぶべき石井ルリ子先生まで失ってしまった。石井先生は2001年7月にACTが発足した時の設立理事長であり、現在までも名誉会長として名実ともにリーダーを務めて下さった。八木さん89歳。石井先生88歳。決して短い人生ではなかったが、失うにはあまりに大きな存在を私たちは失った。

実はこの二人がいなければ、私たちACTは存在していない。その経緯を説明するにはACTの誕生秘話を明かさなければならない。ACTは当時の高松市長増田昌三氏の依頼を受けた文化関係者が集まって発案された組織だ。当初の目的は新しく整備されつつあった市営のサンポートホール高松の管理運営を担う市民組織を作ることだった。こうした新組織の誕生は得てして、既存団体との軋轢に悩むものだが、ACTの準備委員会もその例に漏れず、難破寸前だった。1年を超えるさまざまな交渉の果てにもはや設立断念、という瀬戸際でリーダーシップを奮ったのが大正生まれの八木・石井コンビだった。

増田市長の特段の要請もあり、ACTはいささか無理な坂を上ることになったが、これを果たせたのはこの大正コンビの気高い精神と驚くべき瞬発力だった。どんな出来事があったかをすべて明かすにはまだ潮が満ちていないようだが、血沸き肉躍るばかりの武勇伝があったことだけは伝えておきたい。この二つの大きな星に導かれて、ACTは何とかここまでたどりついたのだった。その二人をほぼ同時に失った悲しみをどう乗り越えて行けばいいのか。今はまだ星空を見上げるばかりだ。

(アーツカウンシル高松理事長)

SNSのログインフォーム
SNS

RSS 2.0 ATOM 0.3
>> RSS、ATOMとは??

ACTスケジュール

ACT瓦版

ACT瓦版へ

Google

WWW を検索
このサイト内を検索

お問い合わせ先

NPO法人
アーツカウンシル高松

高松市丸亀町7-10 旧みずほ銀行高松中央支店ビル3F
TEL&FAX:087-851-6005
E-mail:info@act.or.jp
Copyright© ACT All right reserved.