コラム・エッセイ

弱者の時代に強さを問う 上村 良介(2013年4月1日)

わたしは映画館で育った。

うちは母子家庭だった。母親は一杯飲み屋をやっていた。夜になると子どもは邪魔だ。

そこで一計を案じたおふくろは映画館に子どもを放り込むことにした。いわば保育所替わりだ。安上がりだし、安全だ。

なかなかの知恵者というべきだが、そのおかげでわたしは骨のズイまで映画フリークになってしまった。

中学、高校と進むにつれてますます映画にのめり込むようになり、高校時代には映画雑誌に批評を投稿するまでになってしまった。

さてそんなわたしが中高校時代に観た忘れがたき作品のひとつに「宮本武蔵」がある。武蔵ものは何度も映画化されているが、わたしのこころをとらえたのは内田吐夢監督、中村(萬屋)錦之助主演の5部作バージョンである。

これは素晴らしかった。

エンターテイメントでありながら、リアリズムの骨法をしっかり押さえ、ときには実験的な手法をも用いた意欲作だった。

また錦之助がこれ以上ないハマリ役で、時代劇役者としての頂点を極めた作品であった。

今回わたしたちは「ムサシ!」というミュージカルを上演する予定であるが、こちらは映画版とはまったく無関係だし、史実をなぞるものでもない。

ただ「強さ」とはなんであるのかを考えてみたいのだ。

宮本武蔵は強さの求道者だった。ひたすら強さを求めてさまざまな武芸者と立ち会った。そして「強すぎる男」にまでのぼりつめた。

そのとき見た武蔵のこころのうちなる風景がどんなものであったのか。聖なる境地であったのか、吹きっさらしの荒野だったのか。その一点を見たいのだ。

現代は弱者の時代である。

かつて(もう40年以上前になる)三島由紀夫は戦後民主主義に関してこんなことをいったことがある「弱さに比例して点数が高くなる時代なんだよ。この時代は強さが軽んじられる時代なんだ」(記憶によって書いている。正確ではない)。

まさしく。現代においては弱さは庇護され、保証され、援助される。だが強さはうとんじられ、揶揄され、嫉妬の生け贄にさえされる始末だ。

だからこそだ。いま「強さ」とはなにかと問うことに意味があると思うのだ。

てなワケでここでパブ。銀河鉄道ではミュージカル「ムサシ!」を6月の28日からの3日間、サンポート第1小ホールにて上演いたします。

お暇があればご高覧のほどを!

(劇団銀河鉄道主宰)

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