コラム・エッセイ

2度目の瀬戸内国際芸術祭が終わって 小西 智都子(2014年1月1日)

今年の瀬戸内国際芸術祭が秋会期を終えた頃、男木島に朗報が届いた。休校中の男木小中学校が来春から復活するというのだ。4世帯、11人の子どもたちが島への移住を希望した。今年の瀬戸芸の来場者数は104万人。結果の評価はさておき、島では、この数字で表せない変化が、今、起こり始めている。

男木島では、豊島の島キッチンを手がけた建築家•阿部良氏の声かけで「島おこし座談会」が始まった。空き家調査を通して島の景観を守りながら島の未来を考えようと、島内外の人が想いを語り始めた。もちろん島へ帰ってくる若者たちも一緒だ。大島では高松市、島の自治会、民間有志で「大島の在り方を考える会」が発足した。入所者が最後の一人まで安心して島で最期を迎えられる環境をどう維持するか。ハンセン病の記憶を残しながら、その後の島をどうデザインするか。大島青松園の入所者は現在82人。ついに平均年齢が80歳を超えた。

島間交流も始まっている。瀬戸芸初参加の伊吹島では、会期前に島のお母さんたちが男木島を表敬訪問。お返しに男木のお母さんたちも伊吹島を訪れた。伊吹島と男木島は急坂の東西横綱、互いの島を初めて訪れて、こんな急坂ではよう暮らさんと言ったとか。島の人が他の島へ行くこと自体、今まであまりなかったことだ。

瀬戸芸に参加しなかった島だって負けてはいない。人口24人の志々島と14人の牛島は、共同でオリジナルTシャツを作って存在感をアピール。広島では、学生グループcocokaraが20年ぶりに島の祭りを復活させた。コンビニもオシャレなカフェもないこの島を、学生たちは「トトロの島」と呼ぶ。

長らく止まっていた針が動き出したように、どの島も少しずつ何かが変わり始めている。島には都会では得られないお宝が眠っている一方で、課題も山積。もはや島だけでは解決できない。ある長老は「島で暮らすだけで精一杯なのに、自分が死んだ先のことまでよう想像せん」と嘆く。困っているご近所さんを前に、私たちは何ができるだろう。それはそう遠くない自分たちの将来の姿でもある。瀬戸芸の意味を問うなら、これからが本当の本番。まさに私たちの民度が問われている。

せとうち暮らし編集長

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