コラム・エッセイ

嫌いなんだよなあ、アンケート 上村 良介(2011年11月29日)

わたしは芝居をやっている者だが、上演後、だれかれに「どうだった?」と訊いたことがない。本人の前だ、訊けば褒めるに決まっているし、もし苦情があったらこちらとしても反論したくなる。そんなことで議論するのはゴメンだ。言い訳と受け取られるやも知れぬ。そうなったら醜態だ。

だから本来ならアンケートなんてものも取りたくないのだが、スタッフ、キャストの強い要望でシブシブ実施している。まあ制作サイドでは、次回の案内ハガキを郵送するためという大義名分があるから、わたしとしてもムゲにできない。

まあ、だいたいからしてあんなものはどうでもいいのだ。

作品の良し悪しも至らぬところも、わたし自身がいちばんよく知っている。もちろん褒められてうれしくないわけはないが、「内容が暗い」だの「人が死にすぎる」なんてのがあると(ま、うちはそういうのが多いのだが)、バカヤロー、そんなに明るくて人畜無害のものが好きなら、テレビのバラエティでも見てやがれといいたくなる。

ましてや「作者の死生観が如実に表現されている」だとか「この群像劇は日本という国家の暗喩である」なんて、こざかしい「評論(らしきもの)」を長々と書かれると、ケッ、となる。

なるほど、うちの芝居は基本エンターテイメントだが、わたし自身の秘した目論見もないわけではない。そこを読み解かれると「ううむ、こやつデキるな」となるが、たいていは見当違いのお粗末な評論もどきだ。こういう手合いにはウンザリする。

ひとつには若かりし日、大島渚やゴダールの映画を観て小理屈をコネていた自分自身の分身を見るような気がするからだ。もちろん当時のわたしはこいつらよりもはるかに優れた評者だったけどな。

もっとも、気持ちのいいアンケートというのもあるにはある。「元気が出た」「わたしも明日からガンバリます」というのがそれだ。どんな悲劇であろうと、暗い作品であろうと、芝居の第一の効用はカタルシス、精神の浄化にある。

わたしにしたところで、芝居に限らず、いいものを見たあとは気持ちが高揚して「オレもやるぞ」という気になる。芝居もまた、そういう具体的な衝動を喚起できてナンボの世界なのだ。

高いチケットだ。ならばお客さまの元気に少しでもお役に立てれば、代金を支払ったカイもあろうというもの。

さて、モロ宣伝ですが、11月の25日より3日間、サンポートの第1小ホールで新作「山の王」を上演いたします。マチネ(昼公演)を入れて5回の公演です。ぜひともご来場の上、アンケートには「元気になった」とお書きください。わたしが喜びます。

(劇団銀河鉄道主宰)

差別なんて知らないよ 上村 良介(2010年11月10日)

おっとっと、ちょっと過激なタイトルをつけちゃった(笑)。

先日うちの劇団はガルシア・ロルカの「血の婚礼」に想を得て「BLOOD」という作品を上演した。台本を書き上げたときから、わたしは「こりゃあ来るな」と予感していた。やっぱり来た。

アンケートのなかの一通に「人殺しの血筋という表現は差別につながる」とあったのだ。いるんだよねえ、たまにこういう人が。ま、もっとも「芝居そのものは素晴らしかった」と前置きがあったから、わたしもムッとはしなかったが、逆にだからこそ困ったもんだと暗澹たる気持ちになった。

はじめにお断りしておくと、わたしは「差別」に対しては激しい怒りをおぼえるタチである。だがそうとはいえ、物語をつくるうえで差別は避けて通れないということも実感している。

なぜなら舞台が世界の写し鏡なら、世界は厳然と差別を内包しているからだ。そこに目を閉ざし、キレイ事で物語をつくるのは、それこそ偽善であり、書き手としての不誠実につながる。

わたしの書く芝居には差別用語とされるセリフがしばしば飛び交う。これはひとつには言葉狩りに対するプロテストであるが、もうひとつはそういう言葉を「ない」ものにすることによって、本質を覆い隠そうという世間一般の風潮を苦々しく思っているからだ。

いうまでもなく差別というのは、西欧の平等主義から発している。だが多くの輸入思想と同じく、日本人は金科玉条のごとくそれをうやうやしく頂戴した。その原則にことさら忠実であろうとした。

そこで起きたのが無階級社会というとてつもない幻想だ。そんな社会がどこにある。バカバカしいにもほどがある。それはたしかに理想かもしれないが、現実を直視すればその理想がいかに突拍子のないことかがわかるはずだ。

わたし自身、アタマは悪いし顔も悪い。体型にしたところでチビ、デブ、ハゲで、大いに差別を受けている。世のなか頭脳明晰、容姿端麗な男子が多くいるなかで、これは不平等ではないのか。

こと話を芝居に戻すなら、差別を演じてはいけないというのなら、シェイクスピアの作品はほとんど上演不可能となろう。「ベニスの商人」はあからさまなユダヤ人差別だし、「オセロ」や「リア王」には黒人差別、老人差別の文言がイヤというほど書き込まれている。

芝居は差別であふれているのだ。暴力も戦争も、だ。ありとあらゆる悪が描かれてこそ芝居は「豊饒」を得ることができるのだ。芝居にモラルを持ち込んでどうなる。そこには「痩せた物語」しか見つかるまい。

もっといえば差別こそが文化のみなもとなのだ。なるほど差別は忌むべきコトかもしれないが、それがなければ芝居(つまりはすべての表現がだ)の世界はどんなに味気ないことか。

(劇団銀河鉄道主宰)

文化人失格 上村良介(2009年4月25日)

かなり以前のことになるが、当地のタウン誌に「笑いの文化人講座」なる人気コーナーがあった。読者が面白ネタを投稿し、それを優良可で採点し、年間チャンピオンを決定するというものだ。わたしも当時絶大なるファンのひとりで、そのコーナーを読むだけのために雑誌を購読していた。


とまあ、こうはいっても、読んでない人にはその面白さがわからないだろうし、知ってる人は多くを語らなくても納得してくれるだろう。(あの面白さを文章化するには、わたしはあまりにも非力だ)


とあれ、ここで問題なのはタイトルにある「文化人」という呼称である。つけた編集者が自覚していたかどうかはしらないが、わたしはこれはかなりキツーイ皮肉だったのではないかと疑っている。文化人という重々しい呼称を笑ってやろうという皮肉だ。あんたたちにこういうセンスがあるのかという挑戦だ。


文化というのはしばしば権威を生む。くだらない権威だ。そこから生まれるのは、つまらない上下関係や嫉妬だ。姑息な小政治だ。


あるんですねえ、こんな小さな地方にも。派閥だの系列だの。そういうウワサを聞くにつけ、わたしは心底うんざりする。吐き気さえおぼえる。


そしてそういったことを体現する人種として文化人なる人たちがいる。わたしにとって「文化人」とは蔑称でしかない。狭い世界で文化もどきのことをやって、名士を気取る。まったくもって軽蔑すべき人たちだ。


だが芝居などをやってると、わたしを文化人だと思う失敬なやからも出てくる。ときには「センセイ」などと呼んでわたしを小馬鹿にするやつもいる。


言っておきますけどね、わたしは文化人なんかじゃないですからね。だって「笑いの文化人講座」に再三応募して一度として採用されたことがないんですから。


文化人失格。それはわたしの勲章だ。
(銀河鉄道主宰)

お背中ご用心 上村良介(2008年8月8日)

たいていは虚言癖の落ちこぼれで、子どものころはシンナー三昧、ラリパッパの幻覚を見て育った手合いが多い。でなきゃ、あんな脳みそが沸いたようなウソっぱちを考えつくはずがない。

合者というやつで、世が世なら河原のほっ立て小屋に住むのがお似合いのイカサマ野郎だ。とてもじゃないが人並みにお天道さまの下を歩けるような身分じゃない。

いや、これホント。なにしろ当の本人たるわたしがいっているのだ。わたしがいかにズル賢い悪党で、世間をごまかすためにどんな汚いまねをしているかを知ったら、あなただってツバを吐きかけたくなるだろう。

そのうえ罪深いことに、わたしはアマチュアだ。これが本職なら、生活のためにこんな恥ずかしいことをしているんです、と言い訳もできようが、こともあろうに素人が。いやはや、なにを好きこのんで芝居などという泥沼に足を踏み入れたのか、われながら自分自身に呆れ果てるほかはない。

とまあ、世間をはばかるわれらにございます。ただし、ご注意。どうぞそういう芝居屋にお会いになっても、かまわずにやりすごしていただきたい。くれぐれも目などお合わせにならぬよう。ましてや「親の顔が見たい」だの「けっ、日陰者が」だのの罵声が一言でも聞こえようものならば、わたしらのナイフが一閃すると思し召せ。あなたさまの背に一筋、刃物を入れさせていただきます。

われら芝居者はウソを売る稼業にございます。木戸銭をいただく以上、精一杯に相つとめさせていただく所存です。お愛想笑いもいたしましょう。お望みとあらば、三回まわってワンと吠えてもみせましょう。

だがわたしたちの懐の奥には、研ぎ澄まされた一本のドスが忍んでいることをお忘れなきよう。そいつは世間の良識というやつを切り裂くための得物です。そして、そのドスこそが、芝居者のこころ意気。

ご用心ご用心(ニヤニヤ)。

(銀河鉄道主宰)
SNSのログインフォーム
SNS

記事一覧

RSS 2.0 ATOM 0.3
>> RSS、ATOMとは??

ACTスケジュール
入会はこちら
Google

WWW を検索
このサイト内を検索

お問い合わせ先

NPO法人
アーツカウンシル高松

高松市大工町8-1
E-mail:wesayact.t@gmail.com
HP:http://www.act.or.jp/
Copyright©ACT All right reserved.